組織の生産性を高め、成果を生み出していくためには、組織で働く人たちの持つ情報を共有し、一緒に活用していくことが必要です。
筆者が社会人として駆け出しの頃は「パソコンなんて開いてる暇があれば、電話して事例を聞け」などと言われたものです。しかし今では、社内事例の収集に電話を使っていたら、逆のことを言われる時代になりました。
今ではインターネットを検索すれば、だいたいの情報は手に入れることが出来ます。社内にもさまざまな情報共有の仕組みが導入され、直接相手に訊かなくても情報が手に入ります。
個人個人が持つナレッジをいかに共有し、有効に活用するかはいつの時代も組織にとって大きな課題です。
本記事では、ナレッジマネジメントについて説明し、現代的なナレッジ共有の進め方や、成功事例についてご紹介します。
コンサルティング業界に20年以上在籍。IT戦略・構想策定など上流系が得意。
ナレッジマネジメントとは?

ナレッジマネジメントは、経営管理手法の1つです。企業が保持している情報・知識と、個人が持っているノウハウや経験などのような知的財産を共有し、創造的な仕事につなげることを目的としています。
元は一橋大学名誉教授の野中郁次郎・竹内弘高両氏が執筆した「The Knowledge Creating Company(知識創造企業)」で提唱された概念です。
フレームワークとして「SECI(セキ)モデル」が提示され、以下の4段階のプロセスによってナレッジマネジメントが行われるとされています。
その目的は、個人が持つ言語化できていない知識(=暗黙知)を、言葉や図で説明できる知識(=形式知)に発展させ、新たな知識を創造していくサイクルです。
| プロセス | 説明 |
| 共同化 | 個人や小グループでの暗黙知の共有 |
| 表出化 | 暗黙知を形式知として洗い出す |
| 結合化 | 形式知を組み合わせ、新たな知識を創造 |
| 内面化 | 創造された知識を組織に広め、新たな暗黙知を得る |
ナレッジマネジメントを行うメリット

ナレッジマネジメントを導入することは、組織にとって持続的な成長と、競争力の強化を実現することにつながります。かつては上司や先輩が行っていた業務を真似れば業務の習熟は充分であり、いわば徒弟制度のような関係性が成立していました。
しかし今では、上司や先輩が自分と同じ立場だった頃に行っていたのと同じ仕事をしていては、時代に追随できません。また、それは上司側も同じで、かつての常識に囚われて昔ながらのやり方で仕事をしていたら、成果を出せなくなる時代です。
変化が常態の経営環境においては、上司や先輩の指導だけではなく、組織の中で行われている様々な活動にアンテナを高く張り、情報収集を行う必要があります。
特に、以下の点はナレッジマネジメントを行うメリットであると言えます。
業務の効率化・生産性の向上
ナレッジマネジメントによって、共有され、創造された形式知は、過去の成功体験だけでなく、新たなアイデアをも提供します。これらを活かし、業務の効率化や生産性の向上を行うことが出来るでしょう。
代表的なナレッジマネジメント活動として、トヨタグループが行って、もはや日本の製造業の常識となった「カイゼン活動」があります。
現場の社員が意見を出し、課題を共有することによって、暗黙知が形式知として、言語化されていきます。集まった形式知は、検討を重ねて業務の効率化や生産性の向上につながります。
人材育成の効率化
人材育成の効率化にもナレッジマネジメントは寄与します。育成において重要なのは、ナレッジに対する理解を共通化することです。
たとえば、品質管理という業務を実施するにあたり、品質を高めるために現場の社員が行っている業務があります。
この1つ1つのプロセスを洗い出し、作業の内容を言葉で定義し、全員の理解が共通化されることにより、誰もが同じ管理業務を行えるようになります。
ノウハウの伝達が効率的に、正確に行えるようになります。
サービス品質の向上
ナレッジマネジメントは、サービス品質の向上にも寄与します。サービスはマニュアルに基づいたものだけでは、現状維持しかできません。
暗黙知として実施していることの中に、良いサービスが埋もれていたり、さらなるサービスの発展のためのアイデアがあるかもしれません。
筆者はコンサルティング業を行っていますが、コンサルティングは非定型的なサービスで、どの顧客に対しても同じことをしていては、成果が出ません。
同僚、顧客など、360度を見渡してありとあらゆる情報を収集し、それらの中の暗黙知から形式知を生み出すことで、顧客ごとに最適なサービスの提供を創造することが出来ます。
ナレッジマネジメントの手法

ナレッジマネジメントの手法はさまざまですが、ここでは4つの手法をご紹介します。また、それぞれの手法を実践していくには、ツールを活用することも有効です。
それぞれの手法がどのような組織に向いているかは異なるので、状況に応じて適切なナレッジマネジメントを導入するのが良いでしょう。
| 手法 | 特徴 | ツール | 向いている組織 |
| 経営資本・戦略策定型 (知的資本集約型) |
組織内外の膨大な情報を分析 経営戦略に活かすためのもの |
データマイニング | 経営企画 |
| 顧客知識共有型 | 顧客に関する情報を一元管理 顧客の開拓・深耕を支援 |
顧客管理(CRM) | 営業・マーケティング・コールセンター |
| ベストプラクティス共有型 | 組織に良い行動を波及させる 情報提供側、探索側双方のUXが重要 |
情報共有Wiki | 全般 |
| 専門知識ネットワーク型 | 組織内外の専門知識を集約 ユーザーの検索性が重要 |
ヘルプデスクシステム チャットボット |
ヘルプデスク |
経営資本・戦略策定型
ナレッジを経営戦略に活用することを目的とした手法です。組織内だけでなく、組織の外の情報分析を行うことで、多角的な分析が行えるようになります。
膨大なデータを分析することから、データ分析を補助するマイニングツールなどを有効に活用することが良いでしょう。
経営企画部門では、従来よりSWOT分析などを始めとした社内外の環境を分析しています。
これらの情報収集のため、文書やインターネットなどの膨大な情報を抽出し、関連性が高いものを整理するなど、情報整理に強いツールを駆使して分析を進めていきます。
顧客知識共有型
自社の顧客、さらにはコンタクト先などの将来の見込み客も含めた情報を一元管理し、過去のやり取りも含めてまとめます。
営業担当者やコールセンターが対応した記録、顧客の予算策定時期や予算規模感など、顧客開拓に欠かせない情報を収集します。
また、過去のクレームなど、現在の担当者が必ず知っておくべき情報なども管理します。
これらを支援するツールとしては、Salesforceなどを始めとした顧客管理ツール(CRM)がよく知られています。
ベストプラクティス共有型

成果を出した社員の行動や、成功事例を形式知化し、組織全体に波及することを目指すものです。
たとえば、トップ営業マンは問合せにどれくらいのスピードで対応をしているか、何を準備しているかといった行動の内容を収集します。
また、他社でうまくいった事例を共有し、他の案件で紹介するなどの活用方法があります。
これらの共有には、情報をアウトプットする方も、インプットする方も簡単にシステムを使いこなせる仕組みであるべきです。
最近ではConfluenceなど、Wiki形式の情報共有ツールが広く使われています。
専門知識ネットワーク型
組織内外の専門知識をデータベース化します。FAQを整備し、社内外に公開します。時には、チャットボットにFAQの内容を登録し、問合せに自動でFAQの内容を回答させる場合もあります。
ツールを用いる場合は、検索性が重要です。問合せの内容から、特定の情報にたどり着けるような仕組みが適切です。
ヘルプデスク支援システムや、チャットボットなどの仕組みに専門知識をデータベースとして登録し、活用することが広く行われています。
ナレッジマネジメントの導入手順

ナレッジマネジメントにも、さまざまな種類があることをご紹介しました。何のナレッジ共有を進めたいのか、組織をどのように活性化したいのかによって、ツールも異なってきます。
ナレッジという、掴みどころが見えづらいものをマネジメントしていくのは、物理的に存在するモノを導入することとは違った難しさがあります。
ここでは、目的を定めてナレッジマネジメントを導入していくにあたり、汎用的な進め方をご紹介します。
1.導入目的を明確にする
まず、導入目的を明確にしましょう。特に、時折出会うのですが、流行モノだからとにかく導入しよう、というケースです。あるいは、親会社や前職で導入していたから自社でも導入しよう、というケースです。
ナレッジマネジメントツール自体は良いものが多いのですが、目的が明確になっていない中で導入しても失敗します。世界一よく切れる包丁を持っていても、本人が料理をする気が無ければ意味が無いのです。
どのナレッジ共有を高度化し、暗黙知から形式知を生み出すと自社にとって効果があるのか、よく検討しましょう。
2.現状を把握する
次に、現状を把握しましょう。新たな活動を始める際には、必ず抵抗勢力がいます。面倒なことをやりたくないとか、今問題があることを認めると評価に響くといったことを恐れるからです。
いかに客観的に問題を洗い出すかが重要になります。しかし、ナレッジマネジメントの課題は定量的な指標で測ることが難しいケースが多いです。定性的な情報も組合わせつつ、社外の成功事例などと比較しましょう。数値による効果のシミュレーションが、活動を進めるときの最後の一押しになります。
3.必要なツール・制度を検討、選定する
目的と現状を把握したら、ツールの選定です。また、単にツールを入れて終わりでもいけません。
ナレッジマネジメントが解決すべき課題は経営課題であり、制度や業務ルール、社員の意識改革なども重要な要素です。ツールさえ入れればうまく行くということは、絶対にありません。
よいレストランでは、よい包丁だけでなく、よい料理人と、よい作業分担を行っているものです。総合的な業務や制度の見直しに合わせ、ツールとともに改革を進めましょう。
4.ナレッジを収集・蓄積する
まずはナレッジを収集・蓄積していきます。最初は何でも入れさせるのではなく、特定のテーマに絞りましょう。また、対象の部署も絞ることをお勧めします。
これにより、一過性のブームで終わることを防ぎます。まずは成功事例を作るべく、先行してニーズの高い部署から始めましょう。
対象部署は、一言で言えば”意識が高い”ところを選ぶべきです。最初の成功ハードルは高いものです。それを超えられる部署を選抜します。
5.ナレッジを共有・活用する
収集・蓄積したナレッジを共有・活用していきます。集まったナレッジを棚卸したり、選抜メンバーで集まって、それを題材に議論したりします。
とにかく最初は”この人たちならきっとうまく行く”と思えるエース級で、意識が高い人たちを選んで、絶対に成功させましょう。
これにより成功事例が続々と溜まっていき、組織全体に波及させることが出来るようになります。一度しっかり波及すれば、自然と利用が定着していきます。
6.運用・改善
一通りのサイクルが回り始めたら、定期的に状況を確認し、運用を改善していきましょう。ここも選抜メンバーで協議する機会を設けるのがよいでしょう。
課題は随時上がってきます。特に、ナレッジマネジメントでのポイントは、情報のインプットの仕方です。
フリーテキストを書かせるような仕組みだと、各人の書き方に揺れが発生して検索性が悪くなります。適宜区分を追加し、タグ付けさせることで検索性を高めます。
他にも、ユーザーの管理、誤削除の時のバックアップ戻しなど、システム管理者としての運用の見直しなどもあるでしょう。
ナレッジマネジメントの成功事例

ここでは、ナレッジマネジメントの取組を行い、成功した事例をご紹介します。
それぞれの組織が、どのような課題にナレッジマネジメントを導入し、何の課題を解決したのかをご紹介します。
これらの情報を参考に、自社でのナレッジマネジメント導入を考えてみてください。
富士フイルムビジネスイノベーション株式会社

富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(旧富士ゼロックス)では、製品開発プロセスの遅れを契機に、ナレッジマネジメントの導入を開始しました。
注目した課題は、製品開発の最終段階で設計の変更が発生すること。最終段階では設計に基づいた開発が完了し、さまざまなテストが行われている段階です。ここでいわゆる”戻り”、設計の変更が行われると、プロジェクトのスケジュールを守って製品をリリースすることは極めて困難になります。
課題を解決するため、設計の初期段階で「全員設計」を掲げ、担当者全員が持つ情報を共有することを目指しました。全員がナレッジマネジメントを通じて設計にかかわり、それぞれの領域で責任を持ちます。
ここにはSECIモデルの一連のプロセスが導入されています。組織が持つ暗黙知を形式知に引き上げ、設計初期段階からナレッジマネジメントのプロセスを実践していく仕組みです。
株式会社再春館製薬所

ドモホルンリンクルで有名な再春館製薬所は、TVCMでもよく知られている通り、コールセンターを通じた電話販売に力を入れています。
コールセンターは、既存顧客の情報を素早く検索し、過去のやり取りを把握して対応を行う必要があります。同社の製品は長期利用する顧客が多いことから、管理する情報も多くなります。
また、時代の変化と共に顧客との接点も増加し、情報量が増加。これにより、情報を素早く見つけ出すことが困難になってきていました。また、その情報を登録・整理することにも手間が増加することになりました。
これらを解決するため、同社ではナレッジマネジメントを導入。企業内検索エンジンを使い、社内のデジタル資料を高速検索できるようになりました。資料の検索にあたり、登録側に特別な手順も必要なく、情報登録の手間も少ないことがメリット。
導入時は新型コロナウイルスの流行に伴い、在宅勤務が始まっていた時期でした。紙の資料を探索する必要が大幅に減ったため、スムーズなテレワーク運用の推進にも寄与しました。
キーエンス株式会社

キーエンスといえば、日本企業でも屈指の高給企業として知られ、営業組織の強さが有名です。特に、あらゆる顧客の相談に対して、素早く対応することが高く評価されています。
その営業活動を裏で支えているのがナレッジマネジメントです。キーエンスでは、営業担当の人事評価の基準が「営業成果」と「ナレッジ共有」に分かれています。これらの評価比率は5:5です。
営業は”他を出し抜く”ために、あえて情報共有を避けるような社員も少なくありません。しかし、ナレッジを共有することが明確にインセンティブとなることで、情報共有を行う文化の醸成に成功しました。このことが、キーエンスの強い営業組織を支える一助となっています。
国土交通省

国土交通省は、防災・減災対策本部を省内に持ち、近年激甚化・頻発化する自然災害への対策を強化しています。この中で、経験が少ないスタッフや、人員が少ない事務所でも、組織的な防災・減災対応力を高める必要性が増加しました。
この時に問題になったのが、情報の陳腐化です。情報は、適切なタイミングで更新を続けないと、かえって誤った情報を共有することにもなりかねません。
そこで、ナレッジマネジメントツールの導入においては、検索性が高いだけでなく、編集が容易であることも重視しました。これにより、職員に正しい情報を広く伝承できるようになり、組織的な対応力の強化に役立っています。
株式会社熊谷組

熊谷組も、ノウハウの伝承に課題を持ち、ナレッジマネジメントを導入した企業です。
建設業においては、図面や写真、設計書など、多くの紙資料が存在します。ベテラン社員が退職することで、これらの技術の伝承が難しくなっていきます。
そこで、ナレッジマネジメントを導入し、AIによる参考文書のピックアップができるようになりました。これにより、過去の類似事例を簡単に見つけられるようになり、進行中の案件に必要な情報を素早く検索できるようになりました。
ナレッジマネジメントのまとめ

インターネットを見れば、なんでも情報が見つかる現代。このような時代だからこそ、使える情報を選別し、活用していくにはコツが必要です。そのコツをツールや仕組みで解決するナレッジマネジメントは、現代の経営を支える重要な業務基盤となっています。
ナレッジという、目に見えない曖昧な概念をマネジメントする仕組みを導入するのは、困難も生じます。しかし、導入が成功すれば多大な成果を組織にもたらします。これからの人口減少社会における技術伝承を解決する重要な仕組みともなるでしょう。
ナレッジマネジメントツールにもAIの活用が進んでいます。株式会社Jiteraは、AIを使ったシステム開発を得意としています。ナレッジマネジメントに関する疑問や相談があれば、ぜひご連絡ください。

